ガイドライン
進行性多巣性白質脳症 (PML) の診断および治療ガイドライン
PMLの診断でもっとも重要な検査はなにか?
PMLは脳のオリゴデンドロサイトにJCウイルスが感染して死に至らしめ、その結果髄鞘崩壊(脱髄)が起きて発症する疾患です。したがって、診断において最も重要な検査は、脳にJCウイルスが感染していることを証明することです。亡くなられた患者さんの脳あるいは生検で得られた脳組織でJCウイルス抗原の存在を免疫組織学的に証明する、あるいは遺伝子をPCR法で検出すればPMLの診断は確定します。
しかし、PMLの患者さんは重篤な疾患に罹患されておられることが多く、脳の生検は非常な負担になります。したがって、現在は脳脊髄液からPCRでJCウイルスのDNAを増幅して検出する方法が最優先で行われます。PCRは非常に鋭敏な方法ですが、必ずしも100%の確率で陽性に出るわけではありません。PMLでは病気の進行に伴ってPCRでJCウイルスDNAを検出できる確率が高くなりますので、初回検査が陰性の場合、PMLの疑いがあれば間隔をおいて再度検査することを勧めます。髄液が得られない場合、血液で行うことを勧めます。血液でPCR陽性であってもPMLと断定はできませんが、PMLの可能性は非常に高いと言えます。PCRによるJCRウイルスDNAの検出ができる施設は限られていますので、まずはこのホームページのアドレスにお問い合わせ下さい。
次に重要な検査はなにか?
PMLの診断に不可欠な検査に脳MRIがあります。とくにT2強調画像とFLAIRは脱髄病巣の検出に優れています。PMLでは主として大脳の皮質下白質に大小不同の、融合して不整な形状の病巣が多数認められます。このMRI病巣はガドリニウムで造影されません(まれに造影されることがある)。この画像所見はPMLでは必発であり、PMLの最初の手がかりとなることがむしろ多いと言えます。
JCウイルス抗体の測定は診断に役立つか?
JCウイルスには成人の80%以上が感染していますので、PMLに罹っていなくても抗体は陽性に出ます。逆に、エイズの患者さんでは免疫能が著しく低下していますので、抗体が産生されずに陰性に出ることもあります。したがって、JCウイルス抗体の測定はPMLの診断において価値はないと言えます。
脳脊髄液検査で特徴的な異常があるか?
PMLはウイルス感染症ですが、脳病巣内の炎症細胞浸潤は欠くかあっても軽度が特徴で、このために脳炎ではなく脳症との病名が付けられています。したがって、血液脳関門は正常なために造影MRIで病巣に増強効果を認めません。PMLでは髄液で細胞増多、IgG増加などの炎症所見を認めることは稀で、特徴はありません。
なお、当研究班ではPMLの診断基準を作成しておりますので、ご利用ください。
PMLは治療で治るか?
当研究班ではPMLの治療ガイドラインを作成しておりますので、ご利用ください。現時点(2006年3月)で、PMLで完全な治癒が期待できる治療法はありません。しかし、エイズのPMLでは科学的な根拠を有する延命や症状の軽快が期待できる治療法が開発されています。エイズ以外のPMLでは科学的根拠を有する有効な治療法は残念ながらまだないと言わざるを得ません。
エイズのPMLはどのように治療するのか?
エイズの有効な治療法のhighly active antiretroviral therapy (HARRT)は、PMLに対してもレベルⅡ(良くデザインされた比較研究で有効性を証明)のエビデンスを有する有効な治療法です。HAARTは原則として3剤以上の抗HIV(エイズウイルス)薬を用いてHIVの増殖を抑制して免疫能を増強させる強力な多剤併用療法です。ガイドラインが幾つかありますが、抗HIV薬の組合せ、投与量、治療を開始する時期などは症例毎に決定する必要があり、経験を積んだ感染症科専門医が行うべきです。HAART治療で、有意な延命や髄液でJCウイルスDNAの陰性化を伴って症状が改善した症例が認められています。しかし、効果は治療の開始時期に依存しており、PMLの診断直後からHAARTを開始した症例とCD4数が150/μl以上の症例で効果が認められております。HAARTによる治療機序はまだ完全に解明されていませんが、細胞性免疫能の活性化に加えてHIVの増殖を抑制することが推測されています。
HAARTの大きな副作用はなにか?
HAART施行後数か月以内に脳MRIで病巣が拡大し、病巣部に血液脳関門の破壊を示唆するガドリウム造影効果が見られることがあります。また、同時に神経症状の悪化を認めることもあります。この病態は免疫再構築(または再構成)症候群(immune reconstruction syndrome、以下IRS)と呼ばれており、病巣内にリンパ球などの炎症細胞の浸潤が起きたことが原因です。HAARTで細胞性免疫が増強され、細胞障害性T細胞が病巣内でJCウイルス感染細胞に対して攻撃、破壊していることを意味しています。炎症反応が一時的に症状を悪化させますが、最終的にはJCウイルスが排除されるために予後が良好になることが多いと言えます。重篤でない限り治療はそのまま継続することが原則で、重篤であれば死亡例の報告もあるので治療を一時中止し、さらに副腎皮質ステロイド投与を行うことがあります。
非エイズのPMLの治療はどうするのか?
まず、PMLを起こした原因と考えられる免疫抑制剤や抗がん剤を速やかに中止するのが治療の第1歩と言えます。エイズのHAARTにも併用されていますが、これに加えてJCウイルスに対する抗ウイルス薬が投与されることが多いと言えます。しかし、抗ウイルス薬の有効性は十分な科学的根拠がないと言わざるをえません。現時点でも最も投与されているのが、cytarabineとcidofovirです。治療成績は一致しておらず、概して言えば、有効との報告は少数例に基づく報告が多く、無効との報告は多数例での治験成績のことが多い傾向があります。今後は延命効果だけでなく、JCウイルス価、MRI所見、臨床症候も含めて効果を判定する必要があります。
シタラビン(Cytarabine)とはどのような薬か?
cytarabine はDNA合成阻害薬で、副作用として重篤な骨髄抑制作用があります。JCウイルスの増殖を抑制しますが、血液脳関門を通過し難いために脳への移行性が不良なことが欠点です。治療成績は一致しておらず、効果を認めた報告から髄腔内投与でも効果はなかったとの報告があります。57名のエイズH関連PML患者を対象にした多施設治験では、抗レトロウイルス薬のみ、抗レトロウイルス薬+cytarabine(4mg/kg)静脈内投与、抗レトロウイルス薬+cytarabine(50mg)髄腔内投与の3群間で比較され、3群間で生存において有意差はなかったと報告されています。
シドロビル(Cidofovir)とはどのような薬か?
cidofovirはJCウイルスと同じくポリオーマウイルス属のSV40の増殖を抑制することが認められているDNA合成阻害薬です。副作用として腎毒性があり、頻回に投与することができません。これまでにPMLで最も多く治験が行われているのがcidofovirであり、有効との報告も少なくありません。HAARTのみとHAART+cidofovir投与群との比較で、後者で症状の改善、延命、髄液でJCウイルスDNAの陰性化を認めたとの報告があります。